先が見えない令和時代にふさわしい「歯科医院経営の経営戦略」 ―歯科医院経営もスタッフ管理も不景気がチャンス―

前回の「船井総研が2020年を振り返る 今後の歯科経営のポイントとは」では、先が見えないVUCAワールドにおいて、歯科医院が勝ち残るための5つの条件を解説しました。

どれ一つとしておろそかにできない重要な内容ですが、実はアフターコロナを勝ち抜く知恵としてはまだ足りません。

そこで今回は、歯科医院経営者の武器としてぜひ活用していただきたい2つの視点、「不景気マーケティング」と「不景気マネジメント」を新たにご紹介します。

日々の診察に追われるとつい忘れがちですが、院長はれっきとした経営者です。クリニックの設備を維持し、スタッフに給料を払い続ける立場なのです。

令和の時代、そしてアフターコロナを勝ち抜くために、経営者が必ず理解し実践するべき2つの知恵を、この機会にぜひ学んでいただければと思います。

今こそ必要な「不景気マーケティング」という考え方

コロナ禍の影響はマーケティングにも及んでいます。

好景気ではなく不景気を前提とする「不景気マーケティング」へと転換を迫っているのです。

歯科医師のみならず日本全体が「いま不景気だよね」「この先不安だよね」と感じていることでしょう。

コロナ禍に端を発する不景気がいつまで続くのか、大きな不安を抱えています。

次の図をご覧ください。

歯科経営の トレンドレポート2021
(画像=株式会社船井総合研究所「歯科経営の トレンドレポート2021」より。
「内閣府「令和2年12月景気ウォッチャー調査」を参照し株式会社船井総合研究所にて編集作成)

ITバブルから始まり、サブプライム問題に端を発するリーマンショック、東日本大震災、消費税増税と社会に不安を与える事象が続いています。

そこに追い打ちをかけるように、このたびのコロナ禍が生じたわけです。

東日本大震災、消費税増税、チャイナショックなどは局所的(日本だけ、または日本の一部など)だったため一時的に不景気になったものの数か月で復活する傾向がありましたが、サブプライムやリーマンショックなど全世界へ影響を与えた不景気は長く続く傾向にあります。

つまり、今回のコロナによる不景気は今後数年ないし10数年という単位で、続く可能性があるのです。

このような状況下では、マーケティングを好景気型から不景気型へと大胆に切り替える必要があります。

この不景気マーケティングにおいては、以下に挙げる3つの考え方が大切です。

ハイイメージ付き大衆商法(低価格・高付加価値)

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(画像=pixta)

不景気になると消費者の財布の紐はかたくなります。

今まで以上にコストパフォーマンスが良いもの、つまり「安くてかつ良いもの=低価格・高付加価値」を求めるようになるのです。

これは歯科医院の患者様でも同様です。

1)適正なプライシングをしているか?

貴院の自費診療のプライシングを思い出してください。

ほとんどが「原価の5倍」を診療価格に設定しているのではないでしょうか。

これでは適切とは言えず、マーケットの視点、競合の視点が抜けています。

ぜひ一度、貴院の価格設定が適正かどうかチェックしてみるようおすすめします。

2)支払方法の多様化も必要

ハイイメージ付き大衆商法において、適正価格と同じくらい大切なのが「支払方法の多様化」です。

貴院の会計の様子を想像してください。数十万から時には100万円超にもなるインプラント代を、現金一括払いさせていませんか。

価格が適正か問われるのはもちろんですが、これほどの多額の決済で現金一括払いしか利用できないのでは、患者様の負担が大きいように思います。

クレジットカード、電子マネー、デンタルローン、分割払いなど、支払方法のバリエーションは様々です。

ほとんどの歯科医院でクレジットカードが使えない現状をふまえると、「現金一括払いのみ」の支払方法を変えることは、れっきとしたイノベーションの一環だと評価できます。

顧客満足に敏感な歯科医院では、価格設定の適正化と支払方法の多様化に対応できています。

イノベーションもまた「早い者勝ち」であることを忘れないようにしましょう。

3)提供できる価値を伝えているか

お客さんが購買活動を行う際に、「価値/価格」を考えます。お客さんは価格よりも価値の方が高ければ購入に至ります。

したがってハイイメージ付き大衆商法を実践する際は、患者様に対して自医院が提供している価値をしっかり伝えることも欠かせません。

たとえば、詰め物に銀歯ではなくセラミックを使う場合で考えましょう。

従来は「白くて綺麗だから銀歯と違って目立たない」というように、必要最小限の説明で済ませている医院も多いことでしょう。

しかし、セラミックのメリットはもちろんそれだけではありません。

「汚れが付きにくい」「銀歯よりも適合性が高く隙間ができにくいので、二次的な虫歯になりにくい」「銀歯は唾液で溶けるが、セラミックは溶けないので長期間もつ」といったさまざまなメリットがあります。

患者様に提供するサービスの価値を余すところなく伝えることで、ハイイメージ付き大衆商法は完成に至るのです。

既存顧客満足度アップ

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(画像=pixta)

コロナ禍による新規患者の大幅な減少。ただ手をこまねいているだけでは患者様は戻ってきません。

必要なことは既存顧客の満足度を上げること。

不要不急の治療を控える傾向は当分続きます。

患者様が求める「安心感」のハードルはかつてないほど上がっているのです。

人口減少や高齢化も既存顧客に注力すべき理由です。

現在約1億2600万人の人口は、2040年には約1億人、2060年には約8600万人まで減少すると予測されています。

このように、対象となる外来患者は減り続けます。

新規患者の集患は至難を極めるでしょう。

新規顧客に販売するコストは既存顧客に販売するコストの5倍は必要です。

これを「1:5の法則(イチゴの法則)」と呼びます。

新規患者の集患へ目を向けるよりも、既存顧客の満足度を高めることにリソースを投じる必要があるわけです。

新規顧客の治療を完了させるには?

毎月40人の新患がいたとします。

そのうちきちんと治療を完了できているのは何%でしょうか?

10~30%ほどではないでしょうか。

なぜそこまで低い数値かというと、既存の顧客一人ひとりへのフォローがしっかりできていない可能性があります。

既存顧客満足度を上げるメリットは2つあります。

  1. 新患→治療→治療終了→メインテナンスの移行率を上げ、患者様のクオリティーオブライフ(QOL)を上げて、医院にとってはライフタイムバリュー(LTV)を上げられる。
  2. 時間を掛けて信頼関係を構築できるため、デンタルIQが上がり、より良い治療を選択いただく可能性が上がる。

そのためには、カウンセリング力と個別の患者様への対応力をブラッシュアップすることが重要です。

一番化戦略

不景気になり財布の紐がかたくなると、消費者は「この買い物で失敗したくない」と考えるようになります。

この心理的障壁を壊して購買に至らせるためには、「地域の一番店」になることがどうしても必要です。

失敗したくないから、一番に人は集まります。

「一番」になる内容は、「安心安全(感染症対策)」「信頼」「実績」など、どんなことでも構いません。

ただ、コロナ不況がしばらく続くことを考えると、安心安全のアピールはとくに重要だといえます。

不景気マネジメント

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(画像=pixta)

不景気マーケティングを理解できたら、次は「不景気マネジメント」。

以下の3つのポイントを実践しましょう。

不景気マネジメントポイントその1:普段からすべきことをきっちりとする

不景気となると、キャッシュを気にしすぎるためか、必要以上に設備投資や雇用を控える傾向があります。

しかし「不景気=投資を控える」という選択にはなりません。

不景気のあとは必ず好景気がやってきます。

好景気になった際に、自医院が選ばれる存在になっていたいもの。

そのためには、好景気になってから動くのでは遅いのです。

不景気である今のうちにどのような備えをしておくかで、波に乗り遅れずに済むかが左右されます。

人材採用や人材育成はもちろんのこと、設備機器の投資、新たな専門の開拓とできること、すべきことはたくさんあります。

財務状況をしっかりと考えてキャッシュ状況には注意すべきですが、「不景気だから投資をしない」という安直な判断は決して得策ではありません。

不景気マネジメントポイントその2:MVV経営

MVVとは、ミッション(Mission)・ビジョン(Vision)・バリュー(Value)を略した言葉です。

2020年の振り返りから考える〜今後の歯科経営のポイント」でも説明したように、これから数年ないし数十年に渡って、先の見えないVUCAワールドが続くと予測されています。

経営者である院長はもちろんですが、日々の診療を支えてくれるスタッフも強い不安に襲われるでしょう。

そのような事態を乗りこえるために「理念逆算型経営」が大切だと説明しました。

MVV経営は、この理念逆算型経営をマネジメントの側面から説明するものです。

「こんなに患者さんが減って自分の医院・法人は本当に大丈夫なのだろうか?」と不安にさいなまれるスタッフ達に対して、皆さまはどのように声を掛けているでしょうか。

「お疲れ様」の一言だけでは、不安を解きほぐすことなどできません。

  • どんな理念で自医院を経営しているのか
  • 患者様に何を提供したい(できる)のか
  • いかなる行動指針の下で働けばいいのか

これらの理念をしっかりと示して共有できれば、院内に一体感が生まれ、スタッフの不安も徐々に解消されていくことでしょう。

不景気マネジメントポイントその3:組織力(人材育成)

不景気マネジメントの3つめのポイントは「組織力」です。

人材育成に悩んでいる院長は大勢います。しかし、ただ悶々と悩みを抱えているだけでは事態は改善しません。

現状の課題、強化したいポイント、そして教育の重要性の3つの視点から、組織力を高める施策を実践してください。

1)1人当たりの生産性を高める

多くの院長先生から「採用した方がいいの?」「何人採用したら良いの?」というご相談をお受けします。

人件費率や人員配置の観点だけではなく、「スタッフ1人当たりの生産性」というのも視点として持つべきです。

また、同様に「人が多いけど売上が上がらない」というお声もお聞きします。

これがつまり、結果的に「スタッフ1人当たりの生産性が低い」という状況なわけです。

せっかく素質のある人材を雇用しても、上手に教育できないまま放置すると、「指示がなければ動かない」スタッフにレベルダウンしてしまいます。

人材を育てるためには、現状を把握し(自医院の教育面におけるウィークポイントを見つけて)強化することが必要です。

2)ウィークポイントの多くは「研修・教育制度の欠如」

多くの歯科医院では、研修を実施しないままスタッフを現場に送り出します。

また、就業後に課題を発見しても、院長や上司がきめ細かに指導することは難しいのが現実でしょう。

院長やリーダー格の歯科衛生士は、患者様の対応で忙しく、新人スタッフの教育に十分な時間を割けないからです。

自院で克服できないウィークポイントは、積極的に外部講師やコンサルタントなどを活用して解消するのがおすすめです。

自院に適した教育メソッドを一度構築し、スタッフ同士で自発的に活用できるようになればしめたもの。

効率的な人材育成が可能となり、採用当初は未熟だったスタッフの早期戦力化も容易になるはずです。

3)教育の重要性

組織力を高める最良のコツは「マインドの転換」にあるといっても過言ではありません。

いか研修や教育制度を充実させたとしても、本人のマインドが「受け身」のままだと成長は見込めないからです。

どんな仕事も能力が上がるに連れて仕事量が増え、新たな課題が見つかり、その結果モチベーションが下がることも起き得ます。

そのようなスタッフをワンランク上に引き上げるためには、実は院長自身のマインドも変えないといけません。

単に指示を与えるだけで、スタッフに学びの環境を与えない歯科医院では、スタッフも自主的に勉強しようという気持ちが湧かないからです。

率先して働かない歯科衛生士を見たときに、「なぜあいつら動かないんだ」と早合点してはいけません。

相手の反応は鏡だということを理解し、「うちには教育制度が足りないんだな」と考えて必要な対策を取りましょう。

ベテランスタッフや事務長などに任せきりにせず、朝礼や休憩時間などを使い、院長自らスタッフに積極的に声を掛けて話を聞くことを意識しましょう。

こういった良いコミュニケーションの結果、仕事への意識や成長マインドが自然と育まれていくのです。

弊社開催のセミナーでも、「人財育成におけるマインドの大切さ」は常々お伝えしているところです。

まとめ マインドの転換で不景気をチャンスに

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(画像=pixta)

ここまで3回に渡り、コロナ禍における歯科医院経営の難しさや成長のポイントなどを解説してきました。どのような感想をお持ちになったでしょうか。

「想像以上に厳しい現実が待っている」と落胆したかもしれません。

しかし「ピンチはチャンス」という言葉もあります。不景気マーケティングと不景気マネジメントを軸に、自医院の経営戦略を洗いざらいチェックしたうえで、適切な対策を実施すれば、競合に負けない地域一番店へと躍進することも不可能ではありません。

コロナ不況の終焉はまだまだ先です。もしかすると、景気が回復するころには、現在院長を務めている先生方から後継者へと代替わりが始まっているかもしれません。

そうであればなおのこと、指をくわえて傍観するわけにはいかないはずです。大切なのは「早い者勝ち」の精神と「マインドの転換」です。不景気だからこそ成長のチャンスがあるのだと、気持ちを入れ替えてはいかがでしょうか。

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谷口 竜都

株式会社船井総合研究所 ヘルスケア支援部 医療事業開発G マネージャー

2016年中央大学法学部法律学科を卒業し、新卒で船井総合研究所入社。 歯科医院の経営コンサルティングを専門とする。

現在は、歯科、動物病院分野のコンサルティング部門の統括、および中国の歯科医院コンサルティングの立ち上げ、医療ビッグデータに関する新規事業開発のプロジェクトを行っている。