新型コロナ感染予防 唾液ケアでできる感染症対策

この記事を読んでいる院長先生にお尋ねします。

「自院の患者様に対して、毎回しっかり唾液ケアを意識した指導をしていますか?」

この問いに対して、すぐに「はい」と言える院長先生はどれくらいいるでしょうか。

一人ひとりの患者様にあてられる時間には限りがあります。日々の診療に忙しい中、唾液ケアの指導がおろそかになってしまうのは無理もないことです。

しかし、これからはWithコロナの時代です。歯科医院には、これまで以上に感染症対策への高い意識が求められています。

私たちが考えるべき感染症対策とは、他者に感染させないための物理的な対策だけではありません。

「ウイルスに感染しない抵抗力」を身につけることも、れっきとした感染症対策なのです。

そこで注目してほしいのが、唾液の力であり、質の高い唾液を増やすための唾液ケアです。

唾液ケアこそが新型コロナの感染症対策になりうるのだとしたら、きっと院長先生方の意識も大きく変わるはずです。

今回、2回にわたって感染症対策における唾液ケアの重要性について解説します。

先生方にとってはすでにご存知の内容がほとんどでしょう。しかし何事も基本が大切です。

知識と意識をブラッシュアップするつもりでお読みいただければと思います。

歯磨きだけではダメ 唾液ケアはなぜ重要か

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(画像=pixta)

歯科医院では歯磨き指導を行います。しかし、要介護者への口腔ケアでもないかぎり、唾液を増やす指導を行っている歯科医院は少ないかもしれません。

歯磨きでお口の汚れをしっかり落とすことの重要性は、言うまでもありません。しかし、それと同じくらい重要なのが唾液ケアであることを、先生方には今一度確認していただきたいのです。

唾液ケアがなぜ重要なのか

ご存知の通り、唾液には自浄作用や消化作用、再石灰化作用など重要な役割があります。

また、唾液の分泌量が著しく減ると、口腔内が乾燥し虫歯や歯周病の悪化につながることは言うまでもありません。

ですが、もっとも注目していただきたいのは、唾液の中に含まれるIgA(免疫グロブリンA)がもつ「感染症に抵抗する力」なのです。

唾液がもつ抵抗力

唾液には抗菌作用のあるラクトフェリンなどの物質が含まれています。

唾液が十分に分泌されていれば、虫歯菌(ミュータンス連鎖球菌)や歯周病菌(ポルフィロモナス・ジンジバリス)の活動を抑制できるので、虫歯や歯周病になるリスクも下がります。

この唾液の抵抗力は、細菌だけでなくインフルエンザなどのウイルスにも通用します。

唾液に含まれるIgAには、ウイルスが人の粘膜細胞の受容体と結合するのを妨害する働きがあります。

唾液ケアによりIgAを含む唾液を増やせば、ウイルスに対する抵抗力も高まるのです。

唾液ケアと歯磨きは「車の両輪」

ただし、問題があります。

口腔内に細菌や異物がたくさん存在すると、IgAの働きが充分発揮できません。

さらに口腔中のプロテアーゼ(酵素)が増えてしまい、ウイルスと粘膜細胞の結合が促進されてしまうのです。

したがって、毎回の歯磨きで口腔内を清潔に保もち、唾液の機能性を高めておくことが重要です。

そうすれば、歯磨きと歯磨きの間は、唾液が効果的に口腔を守ることができるのです。

またIgAは、歯周病菌が活動する歯周ポケット内に侵入できません。したがって、歯周ポケットが発生し、歯周病が悪化する前に唾液をしっかり増やす必要があります。

結局、虫歯や歯周病を確実に防ぐためには、普段の歯磨きと唾液ケアのどちらもおろそかにしてはいけないのだといえるでしょう。

お口のケアを指導することは、歯科医師や歯科衛生士の領分です。

患者様に対する日頃の口腔ケアでは、歯ブラシや歯間ブラシの使い方とあわせて、唾液を増やすケアについても忘れずに指導してあげてください。

唾液を増やす口腔ケアの方法

唾液を増やすための口腔ケアの方法を説明します。すでに十分ご存知と思いますが、復習のつもりで再度確認してみてください。

・歯磨き
歯磨きの目的は、口腔内の汚れを落とすことだけではありません。「唾液を増やす」という見地からも、実は重要な方法です。

歯ブラシで舌の上下を刺激してあげると唾液の分泌量が有意に増えることがわかっています。

ただし、歯ブラシの選び方によっては舌を傷つけるので、注意が必要です。

・嚥下体操
舌や頬、口を動かす嚥下体操は、身体に機能的な問題を抱えた方が唾液の分泌量を増やすのに欠かせない方法です。もちろん健常者でも嚥下体操を積極的に行ってかまいません。

・マッサ-ジ(唾液腺・口腔粘膜)
唾液腺や口腔粘膜をマッサージすると唾液の分泌量が増えます。

唾液線マッサージをする部位は耳下腺・舌下腺・顎下線の3カ所ですが、重点的にマッサージしてほしいのは耳下腺と顎下線です。

唾液の性質は分泌する場所によって異なります。舌下腺と顎下腺から分泌されるのは、粘液性の高い「ネバネバ唾液」です。

ネバネバ唾液には抗インフルエンザ効果が高いとされ結合型シアル酸が多く含まれています。

またネバネバ唾液は水分量が少ないため、相対的にIgAの含有量が増えます。「感染症対策に役立つ質の高い唾液=ネバネバ唾液」と覚えておいてください。

・よく噛む
十分な咀嚼は唾液の分泌を促します。おすすめはガムです。味による刺激と咀嚼の刺激、ダブルの刺激で唾液の分泌を増やしてくれます。

・朝食を食べる
朝食を抜くと、腸管への刺激が入らないため、唾液の質に影響すると考えられます。

毎日の献立に取り入れたいのが、昆布と納豆です。昆布などに含まれるアルギン酸やグルタミン酸、納豆に含まれるポリグルタミン酸などが唾液の分泌を促すことがわかっています。

・酸味のあるもの(梅干し、レモンなど)
梅干しやレモンといった酸味のあるものを食べると、耳下腺からサラサラ唾液が大量に分泌されます。

ただしこのサラサラ唾液は、舌下腺と顎下腺から出るネバネバ唾液よりもIgAの濃度が低いため、感染症対策としては自浄作用に貢献してくれます。

また、食べ過ぎは塩分過多や酸蝕症を招くことがあるので、食べなくても見る行為や想像でも分泌されます。

口腔ケアで唾液の量と質を高めることは新型コロナ感染症対策になるか

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(画像=pixta)

唾液の量と質を高めれば、インフルエンザウイルスへの抵抗力も上がることは前述の通りです。

では、唾液が持つ力は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)にも通用するのでしょうか?

唾液に新型コロナウイルスを抑える力はあるのか

2020年の早い時点では、新型コロナウイルスが口腔から侵入するのかはまだ不明でした。

PCR検査も、唾液中の新型コロナウイルスのチェックまでは進んでいなかったのです。

そのため、唾液の対コロナウイルス効果については推測的な表現しかできませんでした。

「インフルエンザウイルスには効く。だから新型コロナにも効く可能性がある」というように。

ところが20210年後半に入ると、歯科医師であれば決して見過ごせない、新型コロナウイルスをめぐる確度の高い新たな情報が増えてきました。

たとえば「新型コロナウイルスは、口腔(歯肉溝、舌、味蕾)からも感染する」という事実は、多くの院長先生がすでにご存知のことでしょう。

2020年8月私どもの教室から日本の歯学部から初めて新型コロナウイルスに関する論文として発表しました(Sakaguchi et al. Existence of SARS-CoV-2 Entry Molecules in the Oral Cavity.  https://www.mdpi.com/1422-0067/21/17/6000 )。

歯周ポケットや舌苔を放置することは、新型コロナウイルスのコロニーをつくるも同然なのです(Huang et al. SARS-CoC-2 infection of oral cavity and saliva. Nat Med. 2021 Mar 25. doi: 10.1038/ s41591-021-01296-8.)。

また、「歯周病に罹患している新型コロナウイルス患者は、重症化しやすい(ICUに入る率が高まる)」という海外の臨床研究もあります(Marouf et al. Association between peritonitis and severity of COVID-19 infection: A case-control study. J Clin Periodontol. 2021 doi. org/10. 1111/jcpe. 13435.)。

歯周病と新型コロナ感染症の重症化がどのように関連しているのか、メカニズムはまだ明らかになっていません。

ただ、歯周病に誤嚥性肺炎のリスクがあることを思えば、ある程度想像はつきます。

唾液中のIgAには新型コロナウイルスの感染を抑制する力が?

さらには私どもの研究で、新型コロナウイルスに感染していないにもかかわらず、同ウイルスに対抗できるIgA(交叉抗体)を持っている人が一定数存在していることもわかっています。

唾液中のIgAが新型コロナウイルスの感染予防に役立つ可能性があるのです。なお交叉抗体の量は、50歳以上が少なく49歳以下は多い、つまり年齢が若いほど多いのが特徴です。

このような一連の研究に鑑みるなら、「虫歯をつくらない」「歯周病予防により歯周ポケットをつくらない」という従前の対策に加え、唾液ケアをしっかり行い、質の高い(IgAの多い)唾液を増やすことで、新型コロナウイルスに抵抗する力も高まると言えるのではないでしょうか。

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槻木 恵一

神奈川歯科大学 副学長 / 研究科長 / 教授

1993年神奈川歯科大学歯学部卒業。神奈川歯科大学副学長・神奈川歯科大学大学院環境病理学分野教授。2013年より同大学歯学研究科長、2014年より同大学副学長。専門分野は口腔病理診断学・唾液腺健康医学・環境病理学。

2011年とうかい社会保険労務士事務所(多治見市)開業。開業後3年で年に数千万を売り上げ、異例の速度で業務拡大。

プレバイオテックスの一種であるフラクトオリゴ糖の継続摂取による唾液中lgAの分泌量増加とともに、そのメカニズムとして腸管内で短鎖脂肪酸が重要な役割を果たすことを明らかにし、「腸―唾液腺相関」を発見。

近年「唾液健康術」「脳機能にも影響を与える唾液の重要性」「口腔ケアでコロナ対策」等、メディアで積極的に唾液の重要性を発言。あきばれ歯科経営onlineでも口腔ケアの重要性を寄稿頂く。

2021年4月28日 唾液の健康効果を広めるため、歯科医師などの医療従事者に唾液ケアの方法を系統的に学ぶ機会を創出するため、「日本唾液ケア研究会」を設立。