近年、企業が社会的信用を守るためにコンプライアンスを重視するという流れが顕著になってきています。
歯科業界も同様に、歯科医院としての「ハラスメント対策を、どのようにすればよいのか?」という歯科院長からの相談も多くなっています。
この連載では、パワハラやセクハラなどのハラスメントの具体的な内容および歯科医院における対策方法について、経営者側の弁護士としてハラスメント等に関する紛争を多く取り扱っている弁護士・佐賀寛厚が解説していきます。
第1回は「歯科医院がハラスメント対策をしないと、どんなリスクがあるのか?」という内容、前回は「パワハラの概要とパワハラと言われないための業務指導の方法」について解説しましたが、今回は、パワハラの具体的な内容について解説します。
パワハラの種類
前回、解説したとおり、パワハラは、職場において行われる
①優越的な関係を背景とした言動であって、
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③労働者の就業環境が害されるものであり、
①から③までの要素を全て満たすものをいいます。
パワハラの状況は多様ですが、厚労省による指針(※)によれば、代表的な類型として以下の6種類を挙げており、各類型ごとに、パワハラに該当すると考えられる具体例や、パワハラに該当しないと考えられる具体例が定められています。
※事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
それでは、それぞれについて具体的に見ていきましょう。
1.身体的な攻撃とは
相手に暴行や傷害を負わせるなどの行為で、一番わかりやすい類型です。
具体的には、殴打や足蹴り、物を投げつけることが挙げられます。
一方、故意ではなく、誤って相手にぶつかった場合などは、パワハラには該当しません。
2.精神的な攻撃とは
相手を脅迫したり、名誉棄損・侮辱にあたったりするような発言や、ひどい暴言をするなどの行為です。
厚労省の調査によれば、企業においてパワハラに該当すると判断された事案のうち、約75%がこの類型ですので、歯科医院においても最も注意が必要です。
具体的には、
①人格を否定するような言動、
②必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと、
③他の従業員の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと、
④相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の従業員宛てに送信すること
などが挙げられます。
これらのうち、歯科医院で特に注意が必要なのは「③他の従業員の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと」です。
というのも、歯科医院では、会議室などの遮音された部屋がないことが多く、歯科院長が多忙であることもあり、ついつい他の従業員がいる前で叱責を繰り返してしまうことがよくあるからです。
また、歯科医院全体や複数の従業員とのグループラインやグループチャットがある場合、特定の従業員に対する叱責をグループラインやグループチャットに書き込むことは「④相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の従業員宛てに送信すること」に該当してしまう可能性がありますので、注意が必要です。
なお、上記②③に、叱責を「繰り返し行うこと」と記載されているとおり、従業員に対して厳しい叱責をしてしまったとしても一度だけである場合には、法的にはパワハラには該当しません。
しかし、一度このような叱責をしてしまうと、なし崩し的に何度も同様の行為をしてしまうことがよくありますので、今後はそのような言動を慎むようにしなければなりません。
これに対して、例えば、ミスをした従業員に対して、「こんなこともできないのであれば歯科衛生士を名乗るべきではないので、転職した方がいい」「こんなどうしようもない人は初めて見た」、「クリニックにとって損失しかない」、「うちのクリニックにふさわしくないので、辞めるべきだ」、「これまでどんな教育を受けてきたんだ。親の顔が見てみたい」などと叱責するのは、一度であっても「①人格を否定するような言動」として、パワハラに該当する可能性が高まりますので注意してください。
一方、遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない従業員に対して一定程度強く注意をすることや、歯科医院の業務内容や性質などに照らし合わせて、重大な問題行動を行った従業員に対して、一定程度強く注意をすることは、パワハラには該当せず、適正な業務指導として認められます。
3.人間関係からの切り離しとは
業務的な隔離や仲間外し、無視などの行為です。
精神的な攻撃と比べると、あまり想像しにくいようにも思いますが、厚労省の調査によれば、精神的な攻撃の次に事案が多い類型(約20%)ですので注意が必要です。
具体的には、意にそぐわない従業員に対して、長期間にわたって別室に隔離したり、自宅研修をさせたりすることなどが挙げられます。
歯科医院においては、従業員の業務内容が比較的明確ですので、長期間にわたって1人だけ別室で業務をさせるとか自宅研修をさせるということは考えにくいです。
しかし、このような対応をしてしまうと、特段の事情がない限り、パワハラに該当するということになりかねませんので、注意する必要があります。
また、ある従業員が、他の従業員から集団で長期間にわたり、陰口を言われ続けたような場合にもパワハラに該当するという裁判例もありますので、歯科医院内でこのような事案が存在しないかどうかにも目を配る必要があります。
一方、新規採用の従業員育成のために、短期間集中的に別室で研修を行うことなどはパワハラには該当しません。
また、懲戒処分を受けた従業員に対して、通常業務に復帰させるために、一時的に別室で必要な研修を受けさせることなどもパワハラには該当しません。
4.「過大な要求」とは
業務上、明らかに不要・不可能な仕事を強制したり、仕事の妨害をしたりするなどの行為です。
具体的には、
①長期間にわたり肉体的苦痛を伴う過酷な環境下で、直接業務に関係のない作業を命じること、
②新卒採用者に対して、必要な教育を行わないまま、到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること、
③業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせる
ことなどが挙げられます。
一方、従業員を育成するために、少しレベルの高い業務を任せることや、業務繁忙期に、該当業務の担当者に通常よりも一定程度多くの業務を任せることは、パワハラには該当しません。
5.過小な要求とは
業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや、仕事を与えないことなどです。
具体的には、
①管理職である従業員を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること
②気にいらない従業員に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと
などが挙げられます。
歯科医院には、専門職の従業員が多いですが、その専門業務とは全く関係がない雑用を長期間にわたってさせたり、ミスが多いからといって患者の担当を極端に減らしたり取り上げたりすることなどは、パワハラに該当するおそれがあります。
一方、従業員の能力に応じて、一定程度の業務内容や業務量を軽減することは、パワハラには該当しません。
6.個の侵害とは
私的なことに過度に立ち入ることです。
具体的には、
①職場外でも従業員の行動を継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること
②従業員の性的指向や病歴・不妊治療などの機微な個人情報に関して、本人の了承を得ずに、他の従業員に暴露すること
などが挙げられます。
例えば、歯科院長が従業員に対して、業務時間後や休日にラインなどのSNSで業務上必要のない連絡を頻繁に取ったり、私物や私服について、ことさらに言及したりすることについてはパワハラに該当するおそれがあるので注意が必要です。
というのも、従業員は、その場では不満を言わず、話を合わせてくれたとしても、それは歯科院長が絶対的な存在であるからであり、本当は嫌がっている場合も多いからです。
また、このような言動については、業務上の必要性があることは少ないですので、このような言動を正当化することは難しいと思われます。
一方、
①従業員への配慮を目的として、家族の状況などについてヒアリングすること
②従業員の了解を得て、当該従業員の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと
などは、パワハラには該当しません。
まとめ
今回はパワハラの具体的内容について解説しましたが、歯科医院というのは、
①歯科院長が絶対的な存在であること
②専門職の従業員が多いこと
③企業などと比べて小規模であることが多いこと
などの理由から、パワハラが発生しやすい業態であると考えられますので、自分のクリニックには関係ないと思わないようにしてください。
ちなみに、従業員や退職者からパワハラの訴えをされた歯科院長や管理職に対して、どうしてそのような言動をしたのか聞くと、「従業員の教育のため」、「従業員の能力が低かったから」、「従業員とコミュニケーションを取るため」という回答をされることがよくあります。
このような目的自体は正当なのですが、目的を達成するための手段が適正ではない場合にはパワハラに該当してしまいます。
そのため、歯科医院運営におけるリスク回避のためにも、各事案がパワハラに該当するのか否かを判断できるだけの知識をつけていくことが、今後ますますの重要課題となってくるでしょう。
ご自身や部下の言動がパワハラに該当しないか心配な方、パワハラに該当する言動等について、もっと具体的な話を聞きたいという方は、お気軽に当事務所にご連絡ください。」
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檜山・佐賀法律事務所 弁護士
京都市出身。
京都大学、京都大学法科大学院卒業。
2008年 弁護士登録。
2020年、経営者の「参謀」としての業務に注力するため、弁護士4名で弁護士法人檜山・佐賀法律事務所を開設。東京オフィス、大阪オフィスを構える。
医療業界の労働環境の特殊性を踏まえた経営者側の弁護士として、紛争にならない・紛争になった場合にも負けないような社内体制の構築・運用や個別案件の対応を得意としており、紛争処理も多数取り扱う。