歯科医院の適正な指導とパワハラになる指導 何が違うのか?

近年、企業が社会的信用を守るためにコンプライアンスを重視するという流れが顕著になってきています。

歯科業界も同様に、歯科医院としての「ハラスメント対策を、どのようにすればよいのか?」という歯科院長からの相談も多くなっています。

この連載では、パワハラやセクハラなどのハラスメントの具体的な内容および歯科医院における対策方法について、経営者側の弁護士としてハラスメント等に関する紛争を多く取り扱っている弁護士・佐賀寛厚が解説していきます。

前回は「歯科医院がハラスメント対策をしないと、どんなリスクがあるのか?」という内容について解説をしましたが、今回はパワハラ(パワーハラスメント)とは何なのか?と、その対策について解説します。

パワハラとは?

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(画像=buritora/stock.adobe.com)

パワハラの定義

パワハラ(パワーハラスメント)の定義については、厚労省作成の指針※第2項(1)で、「職場において行われる
1.優越的な関係を背景とした言動であって
2.業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
3.労働者の就業環境が害されるものをいう

と定められています。
※「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」

この定義を読んでもピンとこないと思いますので、内容について少し解説したいと思います。

・「職場」
労働者が業務を遂行する場所をいいます。

そのため、労働者が通常業務を行っている場所だけではなく、出張先、クライアントの事務所や打ち合わせのために使用する飲食店等は含まれます。

また、就業時間外の宴会や休日の連絡等であっても実質的に職務の延長と考えられるものも含まれます。

例えば、訪問診療先、学会等への出張先や歯科医院主催の忘年会等も「職場」に該当することになります。

・「優越的な関係を背景とした言動」
業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものをいいます。

そのため、職務上の地位が上位の者から下位の者への言動が典型的ですが、先輩から後輩や同僚間の場合もあります。

場合によっては、部下から上司に対して行われることもあります。

例えば、先輩の歯科衛生士による後輩の歯科衛生士に対する言動や、経験豊富な歯科助手による新人の歯科衛生士に対する言動も「優越的な関係を背景とした言動」に該当することがあります。

・「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」
社会通念に照らし、当該言動が明らかに業務上必要がない、または、その態様が相当でないものをいいます。

例えば、歯科院長が、従業員のミスに対して、他の従業員の前で、長時間にわたって厳しい叱責をしてしまった場合、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」に該当することがあります。

・「労働者の就業環境が害される」
パワハラに該当する言動によって、労働者が身体的または精神的苦痛を伴い、職場環境の悪化によって、その能力が十分に発揮できない状態が生じることなどをいいます。

例えば、行き過ぎた業務指導によって、従業員が眠れなくなってしまったり、健康を害してしまったりした場合、「労働者の就業環境が害される」に該当することがあります。

次に、パワハラがどれくらい起こっているのか、見てみましょう。

パワハラの発生状況

厚労省による「令和2年度職場のハラスメントに関する実態調査」(令和3年4月発表。以下「実態調査」といいます。)によると、次のような事実が判明しています。

  1. まず、「過去3年間にパワハラを受けた経験がある」と回答した従業員は31.4%であり、業種別では「医療、福祉」は全体平均よりも多い35.5%でした。

  2. 次に、「過去3年間にパワハラを受けた経験がある」と回答した従業員のうち35.9%が上司や同僚への相談などの行動を取らず「何もしなかった」と回答をしており、その理由として、67.7%(複数回答可)が「何をしても解決にならないと思ったから」と回答しています。

  3. 一方で、「過去3年間にハラスメント行為をしたと感じた/指摘された者」の割合は7.7%にすぎず、パワハラだけに限定すると5.1%に留まっています。

これらの内容を総合すると、「医療、福祉」業種では、3人に1人以上の従業員がパワハラを経験しているものの、そのうち3分の1以上が上司・同僚への相談などの行動を取っていない一方、行為者のほとんどがパワハラをしたという認識がないということがわかります。

そのため、歯科医院においても、実はパワハラが頻繁に発生しており、従業員からの訴えがなかったり、歯科院長としてパワハラの存在を認識していなかったりしても、全く安心できないということになるのです。

パワハラが歯科医院に与える具体的な影響

パワハラが歯科医院に与える影響として、まず挙げられるのが被害者となる従業員への影響です。

個人の尊厳や人格を傷つける行為や言動により、仕事に対する意欲が減退するだけでなく、体調を崩したり、休職や退職をしたりする可能性が高まります。

実態調査(複数回答可)によれば、パワハラを受けた従業員の多くが以下の症状を感じています。

「怒りや不満、不安などを感じた」(70.6%) 「仕事に対する意欲が減退した」(62.0%) 「眠れなくなった」 「会社を休むことが増えた」(9.4%) 「通院したり服薬をした」(9.8%) 「入院した」(1.1%)

など深刻な体調不良に陥る従業員も相当数に及んでいます。

さらに、パワハラの影響による人材の流出は免れません。

特に、歯科医院では、従業員規模がそれほど大きいわけではないため院内で発生した事象に関する情報が他の従業員にすぐに回りやすいうえ、横の繋がりが強く院外に対しても情報が流出しやすいという特徴があります。

そのため、歯科医院でパワハラが発生した場合、院内外を問わず、その事実がすぐに共有されてしまうおそれが高いのです。

そうすると、パワハラが発生したというネガティブな情報が共有されることから、歯科医院のイメージの悪化は避けられません。

従業員の定着率が低くなったり、採用が困難になったりするなど人材リスクにまで発展することになります。

また、歯科医院では、患者と従業員の距離が近いことから、パワハラを原因とした職場の悪い雰囲気を患者は敏感に感じ取ってしまいます。

いくら施術対応が良好であったとしても「患者離れ」にも繋がってしまうことも懸念されます。

このように、歯科医院や歯科院長にとって、パワハラが発生した場合のリスクは非常に高いものとなりますので、パワハラ対策を早急に行う必要があるのです。

パワハラを予防するには

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(画像=buritora/stock.adobe.com)

労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の施行

上記のとおりパワハラが社会問題になっていることを背景として、令和2年6月1日にいわゆる「パワハラ防止法」(※)が施行されました。

中小企業についても、事業主に対するパワハラ防止のための雇用管理上の措置義務等が令和4年4月1日から義務化されました(大企業については令和2年6月1日から義務化されています。)。
※「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」

そのため、歯科医院においても令和4年4月までにパワハラ対策に取り組んでおかなければならないということになります。

具体的には、パワハラ防止法により次のパワハラ防止措置を講じることが義務化されます。

  1. 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
  2. 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
  3. 職場におけるパワハラに係る事後の迅速かつ適切な対応
  4. その他のプライバシー保護などの措置

特に、「1.事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発」と「2.相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」は、令和4年4月までに実施しなければならない必須項目となります。

具体的には、次のような対応を実施しなければなりません。

  1. パワハラの内容・パワハラ禁止の方針を明確化し、パワハラ行為者については厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等に規定すること
  2. 研修等により①の内容を従業員に周知・啓発すること
  3. 相談窓口をあらかじめ定め労働者に周知すること
  4. 相談窓口の担当者が相談内容や状況に応じて適切に対応できるようにすること

そして、もし、これらを実施せずに職場でパワハラが発生した場合には、院長自身がパワハラ行為をしていなかったとしても、歯科医院や院長が、使用者の安全配慮義務を果たしていないものとして、責任を問われるおそれが高いと考えられます。

適切な業務指示・指導はパワハラにはなりません!

歯科院長に特に覚えておいていただきたいのは、適切な業務指示や業務指導はパワハラにはならないということです。

実際、厚労省の上記指針でも、パワハラの定義の直後に、「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない」と明記されています。

よく「スタッフに対して注意や指導をしたら、パワハラにあたるのではないか」と心配される歯科院長がおられますが、従業員に対して業務指導をするのは上司として当然の行動です。

むしろ、パワハラをおそれて業務指導をしない結果、スタッフが適切な業務を行わず患者に迷惑をかけたり、医療事故を発生させたりする方が問題なのです。

実際、裁判例でも、医療現場において単純ミスを繰り返す従業員に対して行った厳しい指摘・指導に関して、「生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまるものであり、到底違法ということはできない」と判断したもの(東京地裁平成21年10月15日判決)があります。

適正な業務指導とパワハラになる業務指導との違い

それでは、適正な業務指導とパワハラになる業務指導の違いは何でしょうか。厚労省の上記指針には、パワハラとなる業務指導の典型例としては、次のようなものが挙げられています。

  1. 人格を否定するような言動を行うこと
  2. 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと
  3. 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと
  4. 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること

そのため、業務指導を適正なものとするために、次のようなことに気を付ける必要があります。

  1. ミスをした従業員に業務指導をする場合には、当該従業員の間違った行為のみを否定し、事実以外の内容(例えば、当該従業員の性格・人格や家族関係など)に言及したり、退職を強要したりしない
  2. 感情的にならず、冷静に対応する
  3. 手短に済ませる
  4. 厳しい業務指導をする場合には、できるだけ、他の人がいる前ではなく個別に伝える

歯科医院の場合、従業員のミスが重大な医療事故につながるおそれがあることから、従業員のミスに対する業務指導が厳しくなってしまうことは十分に考えられます。

その場合でも、当該従業員の行為のみを指摘し改善するように業務指導をしてください。

「やる気がないなら辞めるべき」とか「うちの医院にとってふさわしくない」とか「辞表を書け」などの発言はパワハラになりかねないので避ける必要があります。

また、歯科医院では、会議室などの遮音された部屋がないことが多く、歯科院長が多忙であることもあり、ついつい他のスタッフがいる前で叱責を繰り返してしまうことがよくあります。

このような場合、厳しい業務指導をする場合には、場所を変えて個別に伝えるように注意していただければと思います。

さらに、歯科院長に十分に認識していただきたいことは、歯科院長というのは従業員からも患者からも「先生」と呼ばれる絶対的な存在であることです。

こうした絶対的な存在である歯科院長から発せられる言葉は、従業員にとっては、一般企業の社長の言葉よりも強くなり、厳しく感じてしまいますので、院長自身がこのことをしっかりと認識し、業務指導にあたることが大切です。

今回のまとめ

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(画像=Paylessimages/stock.adobe.com)

パワハラの定義は「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」とされています。

厚労省による実態調査によれば、歯科医院においてもパワハラは頻繁に発生していると考えられ、従業員からの訴えがなかったり、歯科院長として認識がなかったりしたとしても全く安心はできません。

また、令和4年4月1日からは、歯科医院を含む全事業主においてパワハラ防止法に基づくパワハラ防止措置を講じることが義務化されます。

そのため、歯科医院でも、就業規則の作成や修正、ハラスメント対策の研修、相談窓口の設置、相談窓口のマニュアル作成などを行う必要があります。

そして、これらを実施せずに職場でパワハラが発生した場合には、歯科医院や歯科院長が、安全配慮義務違反を理由として責任を問われるおそれが高いと考えられます。

一方で、適正な業務指導がパワハラになることはありませんが、歯科医院においては、医療現場の特性や歯科院長の絶対的な存在から、行き過ぎた業務指導がパワハラに該当することがあります。

したがって、業務指導の方法には、十分注意をする必要があります。

パワハラ防止措置の具体的な実施方法や適正な業務指導の方法などにお困りの場合やもっと具体的な話を聞かれたい場合には、お気軽に当事務所にご連絡ください。

「あきばれ歯科経営online」をご覧いただいた旨おっしゃっていただければ、初回のご相談(Web相談)については無料で対応させていただきます。

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佐賀 寛厚

檜山・佐賀法律事務所 弁護士

京都市出身。
京都大学、京都大学法科大学院卒業。
2008年 弁護士登録。

2020年、経営者の「参謀」としての業務に注力するため、弁護士4名で弁護士法人檜山・佐賀法律事務所を開設。東京オフィス、大阪オフィスを構える。

医療業界の労働環境の特殊性を踏まえた経営者側の弁護士として、紛争にならない・紛争になった場合にも負けないような社内体制の構築・運用や個別案件の対応を得意としており、紛争処理も多数取り扱う。