「同一労働・同一賃金」制度で歯科医院の労務トラブルが多発?巻き込まれないための注意点

現在、政府が主導して取り組んでいる「働き方改革」。一人ひとりの意思や能力、個々の事情に応じた、多様で柔軟な働き方を選択可能とする社会を目指す取り組みです。「勤勉」「働きすぎる」と言われてきた日本人ですが、実際には時間当たりの労働生産性がOECDに加盟する主要7カ国で最下位になるなど、長い労働時間の割には生産性が低いことが問題となっています。

生産性の向上を妨げる要因として考えられるのが「正規社員(以下、正社員)と非正規社員の待遇格差」です。たとえば、非正規社員(パートタイマー、契約社員)が不合理な待遇格差だと感じた場合、「頑張って働こう」という意欲がそがれてしまいます。また、雇用形態による待遇格差があると、その歯科医院には、優秀な人材が集まらなかったり、大量離職が発生する事態も起きています。

そうした待遇格差を是正する目的で、2020年4月には従来の「パートタイム労働法」に有期雇用労働者を追加した「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パートタイム・有期雇用労働法)が施行されました。同法では「同一労働・同一賃金」制度が盛り込まれ、正社員と、短時間労働者・有期雇用労働者を含む非正規雇用労働者の間における不合理な待遇差を設けることが禁止されています。

中小企業も2021年4月から適用が開始された同一労働・同一賃金法制度。多くの歯科医院がその影響を受けると考えられます。

この連載では、これまで多くの中小企業の人事労務・採用に関するお悩みをサポートし、歯科医院に対する豊富な支援実績を持つ「社会保険労務士法人とうかい」の代表 久野 勝也氏が、歯科医院における同一労働・同一賃金対応で失敗しないコツを分かりやすくお伝えしてきました。

第4回となる今回は、実際にあった人事労務トラブルの判例を踏まえて、歯科医院がそうしたトラブルに巻き込まれないための注意点を解説します。

正社員と契約社員における手当の格差が争点となった「ハマキョウレックス事件」

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(画像=moonrise/stock.adobe.com)

同一労働・同一賃金制度によって、歯科医院では今後、どのようなトラブルが発生すると考えられるのでしょうか。今回は参考となる判例として「ハマキョウレックス事件」(2018年最高裁)を紹介します。この判例は、正社員と契約社員における手当の格差について争われたものです。

ハマキョウレックス事件は、貨物運送業を営む企業に勤務する契約社員のドライバーが、自身と業務内容が同一である正社員にのみ諸手当が支給されることは、労働契約法第20条が定める「不合理な格差」に該当するとして企業側を訴えた事案です。

原告側は、正社員と同一の権利を有する地位確認請求、労働契約に基づく賃金格差の差額と遅延損害金の支払い、不法行為に基づく差額賃金相当額の損害賠償金と遅延損害金の支払いを求めました。

この判例以前、労働契約法第20条は、正社員と契約社員(有期雇用契約労働者)との待遇格差について「不合理であってはならない」と規定し、その判断基準として「業務内容や責任範囲」「職務の内容や配置変更の範囲」「その他の事情」を挙げていました。しかし、具体的にどのような待遇格差が不合理になるかについては、「解釈の問題」とされていたのです。

裁判の結果、最高裁は「労働契約法20条に正社員と同一の地位を認める効力はない」とし、

  • 無事故手当
  • 作業手当
  • 給食手当
  • 通勤手当
  • 皆勤手当

については格差が不合理であると判断。また、契約社員には「転勤がない」という理由から「住宅手当」の待遇格差は不合理ではないと判決しました。

労働契約法第20条の解釈に対する方向性を示したリーディングケースとして、労務トラブルに関する訴訟の歴史における重要な判決とされています。

今後、歯科医院で起きそうな人事労務のトラブルとは?

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(画像=buritora/stock.adobe.com)

ハマキョウレックス事件は、雇用形態が異なるにも関わらず業務内容が同一であったことから、業務内容に関わらない手当における格差は原則違法となることが示されました。また、待遇に差がある場合は、業務内容が異なるということを明確にした上で、その違いを考慮して均衡の取れた労働条件にする必要性を明らかにしていると考えられます。

この事件から得られる教訓としては、トラックドライバーという専門職の手当の格差が争われた点です。職種は違えども同じように専門職が多く在籍する歯科医院における同一労働・同一賃金制度の均衡待遇にも通じるものがあると捉えられるのではないでしょうか。

この判決からも今後、正社員と非正規社員の待遇差を明確に説明できることと、各種手当を含めた賃金項目を一つ一つの見直しが必要になってくると考えられます。

人事労務トラブルを防ぐために必要なこと

同一労働・同一賃金制度によって、労働者が納得のいく説明ができなければ、労働者が賃金・賞与の内容を労働局、働き方改革推進支援センターに相談できるようになりました。しかし、「労働法の番人」と言われる労働局でさえも不合理な待遇格差の判断は正直難しいと思います。

その一方で、この法制度化が採用市場に変化を起こしています。資金力のある大企業などでは、非正規社員への手当や賞与を支給する企業が増える可能性があるのです。その結果、大企業での非正規社員の条件は改善されますが、中小企業の採用が困難になると予想されます。

また、賃金制度に大幅な変更が発生した場合、人件費が増大したり、新たな職給を支給するなど不利益な変更になるケースも起こり得るでしょう。

さらに、賃金改定の内容によっては、能力のある従業員にとっては賃下げになるケースも考えられます。正社員が待遇面での不満や不安を抱えることも想定され、万が一正社員への不利益変更があった場合、何の理由も告げずに辞めてしまうサイレント退職につながる恐れも否定できません。

私は、同一労働・同一賃金制に伴う賃金改定の現実的な対応方法としては、 1.非正規社員にも正社員同様の手当を支給する 2.格差の原因となる手当を廃止し、その分職務に関する賃金項目などに振り分ける の2つがあると考えています。その際には、自医院がどれくらい人件費の増加を許容できるかもカギとなりますので、賃金改定による人件費の増加を試算することをお勧めします。

また、総額を維持した上で折衷案を取るという進め方も現実的な対応だと思われます。ただ、金額が保障されていても納得いかない場合も考えられるので、段階的に徐々に取り組むことが望ましいでしょう。

「非正規社員が安い時代」は終焉を迎える

パーソル総合研究所が公表した「労働市場の未来推計」によると、2025年には583万人の労働力が不足すると推測されています。人口減などで労働力が減少する中、これまで 社会保険に加入義務が発生する境界線として「130万円の壁」があると言われてきました。

今後、安定した医院の経営を展開する上では、多くの従業員により長く働いてもらえる環境を整備することが必要不可欠です。安い労働力だけを求める時代ではなくなっていきます。

また、さらなる業務効率化や付加価値の向上を図るためには「デジタル化」も避けては通れない問題です。デジタル化は、業務の効率化や生産性の向上、より多くの患者さまの体験価値を高めることも可能になります。

ただ、ITに関心や興味がなかったり、導入することで得られるメリットを理解してくださらない院長も少なからずいらっしゃいます。

私は、これからの歯科医院の「二極化」が進展すると予想します。業者の提案をすべて受け入れてしまう「リサーチ力がない歯科医院」と、医院の成長を目指して「院長自らが積極的に経営変革に挑戦する歯科医院」のどちらが、歯科医院として成功できるかは誰の目からも明らかではないでしょうか。

人事労務の専門家として、最適な手法で課題解決をご支援

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(画像=polkadot/stock.adobe.com)

皆さんは世の中の時流を知るためには、何が必要だと思いますか? その方法の1つとして、私は経済政策の根幹を担う「労働法」を理解することが役立つと考えています。労働法が変われば、経済が変わっていきます。

「VUCAの時代」と言われ現代は、社会が劇的に変化し続けています。今後は労働生産性の向上や経営コストの増大、働き方改革や法制度の改正などによって、人事労務のトラブルが発生しやすくなると考えられます。

私たちとうかいは、人事労務の専門家として、先を読む提案によって歯科医院が抱える課題に対する最適な手法で解決に導くお手伝いをしてきました。また、オンラインで完結する社労士顧問として全国330件の顧問先があり、豊富な支援実績を持っています。

歯科医院を経営する上で、人事労務に関してお悩みごとがありましたら、ぜひ私たちにご相談ください。これからも歯科医院それぞれの個別の事情を勘案しながら、人事労務すべての課題解決を支援してまいります。

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私たちのサービスは企業の人事労務面からの成長支援です。難しい労務相談から、バックオフィスの効率化支援まで。15名以上の組織で活動をしている社会保険労務士事務所だからできるサービスを提供してます。就業規則・社会保険手続・給与計算に強い社労士をお探しなら、まずはお気軽にご相談ください。