唾液が全身の健康を入り口を担う存在に?歯科医院に新たなイノベーションと新産業を創出

近年、唾液と全身の健康との関係が明らかになってきました。

前回の連載では、唾液ケアの重要性や唾液が新型コロナ感染予防に寄与する可能性がある点についてお伝えしました。

今回は、唾液ケアが歯科に新たな産業を創出することと、歯科医院が唾液ケアを行うことで全身の健康の入り口を担う存在となり、診療の幅が広がる可能性について解説します。

歯科業界の現状と課題

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(画像=pixta)

先生方もよくご存知のように、歯科業界は長らく「歯科医師過剰問題」を抱えていました。

歯科治療を受ける側と提供する側の数にアンバランスが生じ、「貧困歯科医」や「コンビニより多い歯科医院」といった表現がメディアで流布するようになって久しいです。

そんな歯科業界の需給問題を受けて、厚生労働省は歯学部入学定員の大幅な削減と、歯科医師国家試験を難化するというドラスティックな対策を採りました。

その結果、新規歯科医師数は減少へと向かいましたが、現状、新たな課題が生まれつつあります。

それは、歯科医師が不足した社会の到来です。

今後、歯科医師数は減少

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(画像=槻木恵一 2021/11/28日本唾液ケア研究会発表資料より)

昭和60年に3,380人だった歯学部入学定員は、平成30年に2,481人まで減少しています。

これは歯科医師の需給問題を解決するために、国が削減計画を立案して、それを実行した結果です。

大学歯学部・歯科大学入学定員を削減するという目標は見事に達成されたものの、このままアクセルを踏み続けると今度は「歯科医師不足問題」が生じかねません。

現代の日本社会と同じように、歯科医師も高齢化が進んでいます。

団塊の世代の歯科医師が引退する頃には、歯科医師が不足した社会が必ず訪れることでしょう。

29歳以下の歯科医師の46.2%がライフイベントの多い女性である点も、その傾向に拍車をかけることかと思います。

このような背景から、私たちがまずやるべきことは「新しい歯科医師を増やすこと」ですが、現状、歯科業界には閉塞感が漂っています。

それは外から見ても内から見ても同じです。

「貧困歯科医」や「倒産ラッシュ」といったワードが飛び交う社会では、高い志を持った若者は集まってきません。

インプラントやCAD/CAM、マイクロスコープなど、医療技術は年々進歩しているものの、今ある閉塞感を打破するには至らないでしょう。

まず「予防管理型医院経営」を推進することに、反対される先生はいらっしゃらないかと思います。

歯科衛生士の活用による予防と治療の両輪で歯科医療を構築するしか、歯科業界の維持・発展はないのです。

しかし、予防・治療だけにとどまっていては、イノベーションは起こりません。

新たな産業を創出するためには、新しい視点が必要になります。

そこで、臨床の現場から一歩離れた病理医の私から、ひとつの提案をさせていただきます。

う蝕の病因論に立ち戻ると

歯牙は極めて特異な組織です。

骨と同様、硬組織に分類されますが、う蝕によって破壊される過程が病理学総論の概念に当てはまらないのです。

う蝕病原性細菌が産生する酸によって脱灰した歯質は、通常の炎症・免疫・生体の治癒機転などの生体反応での治癒が望めません。

口腔病理学ではそのメカニズムが解明されており、歯科では予防が可能な病変として広く知られていますが、“医科にはない病気”といっても過言ではないのです。

医学部では、病理学総論から口腔ではなく、その他の器官・臓器の各論へと進んでいくため、う蝕という特殊な病気を理解するのはなかなか難しく、医師が考えている病気の捉え方と歯科医師が考えている病気の捉え方は大きく異なっているのが現状です。

なぜここで医科との比較を提示したのかというと、う蝕を始めとした口腔疾患が医科を巻き込んだ新たなイノベーションをもたらす起点となり得るからです。

そこで重要となるのが「唾液」です。

先生方もご存知のように、唾液には殺菌作用、抗菌作用、自浄作用、消化作用、粘膜保護作用、緩衝能などがあります。

そのいくつかは唾液検査によって簡便に調べることが可能であり、もうすでに予防歯科の一環として日常の診療に組み込んでいる医院も珍しくありません。

たった5分の非侵襲的な検査で、虫歯・歯周病のリスクを数値化できるのは、患者様にとってわかりやすく、なおかつ予防へのモチベーションを高める良いきっかけになります。

そうした予防歯科も医療の基幹に据えることで診療の幅が広がり、医院の売り上げアップにもつながります。

唾液と全身の関連を追及した唾液腺健康医学

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(画像=pixta)

私は口腔病理の研究者として、早くから「唾液の力」に注目していました。

平成19年には唾液腺の作用と全身との関連を科学的に探究する「唾液腺健康医学」を提唱し、さまざまなシンポジウムや研究会を発足しました。

令和3年にはNPO法人化設立総会を開催し、唾液腺健康医学の普及に努めております。

口腔環境と全身の健康との関係性

昨今、口腔疾患が全身へ悪影響を及ぼすことが次々と明らかになってきています。

とりわけ歯周病による脳血管障害、糖尿病、誤嚥性肺炎、認知症などへの影響は、そのメカニズムが科学的に証明されることで、口腔衛生の重要性が再確認されるきっかけにもなりました。

震災関連死で誤嚥性肺炎が上位を占めていたことも、社会的にはインパクトが大きかったといえます。

その結果、口腔ケアに大きな注目が集まるようになったのですが、唾液の成分の効能は副次的な位置づけのままです。

そんな現状を打開するためには、唾液・唾液腺の研究家である私が立ち上がり、「唾液の力」をプレゼンテーションすべきだと考えております。

良好な口腔環境を構築する「機能水」としての唾液には、閉塞した歯科業界にイノベーションをもたらし、新たな産業を創出する可能性が秘められていることを皆さんにお伝えしたいです。

唾液腺健康医学とは

歯科医師は、歯から離れられない宿命を背負っています。

それは日々、う蝕の保存・修復や根管治療などに追われる臨床の先生方には顕著に言えることです。

他方、歯科医師であり病理医でもある私は、歯から少し離れた場所から現在の歯科医療を俯瞰し、臨床の先生方とは違った視点から問題点を指摘することができます。

その上で是非とも提案させていただきたいのが「唾液腺健康医学」です。

先にも述べたように、唾液には歯や粘膜の“健康を良好に保つための機能”が備わっています。

けれども、それは「口腔」にとどまりません。

最もわかりやすい例としては、「唾液腺由来脳由来神経栄養素因子」の作用です。

この因子は唾液腺で分泌されて脳へと移行すると、海馬でのGABAの産生を亢進させることがわかりました。

これを私たちは「唾液腺-脳ホメオスタシス」と呼んでいます。

GABAの産生が増えることで抗不安作用が高まり、うつ症状が改善されます。

逆に、唾液腺由来脳由来神経栄養素因子の産生・分泌が少ないと“うつになりやすい”状態であることもわかるのです。

その他、唾液には以下に挙げるような生体情報が含まれています。

  • 粘膜免疫力
  • ストレス
  • 疲労度
  • 女性ホルモン
  • 男性ホルモン
  • HIV感染症
  • 腫瘍マーカー
  • 個人識別情報
  • 自己抗体

全身の健康に関わるこれだけの情報を唾液の採取だけで得られるのですから、その有用性は言うまでもありません。

歯科医師が様々な生体情報を含む唾液をみることで、診療の幅が広がり、売り上げアップにもつながります。

歯科医院の可能性も無限に広がっていきます。

唾液・口腔と全身との関連がより深く知られるようになることで、歯科から医科、医科から歯科といったように、患者様の流れも活発になっていくことでしょう。

その中で多様なイノベーションが起こり、閉塞した歯科業界に大きな風穴があくことを期待します。

参考まで、これまでに歯科が関与して新たな「Saliva-Technology」を生み出した例をいくつかご紹介します。

  • 1999年から2007年頃 豊田中央研究所 中根英雄先生 山口昌樹教授 ドライバーの運転ストレス評価 : 唾液中成分を指標としたアプローチ
  • 2010年頃 冨田勝教授 杉本昌弘教授 唾液による「がんリスク」検査 サリバチェック
  • 2020年 豊嶋崇徳教授 新型コロナウイルス 唾液PCR検査

今回は、唾液腺健康医学の総論についてお伝えしましたが、次回は各論となる「腸と唾液の免疫の関係」ついて詳しくご説明します。

■槻木先生が理事長を務める日本唾液ケア研究会はこちら

■11月28日が唾液の日「いいつばのひ」として日本記念日制定協会で認定され、2021年11月28日に記念セレモニーと講演会が開催されました。

※本連載記事は2021年11月28日の講演内容を元に再構成したものです

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槻木 恵一

神奈川歯科大学 副学長 / 研究科長 / 教授

1993年神奈川歯科大学歯学部卒業。神奈川歯科大学副学長・神奈川歯科大学大学院環境病理学分野教授。2013年より同大学歯学研究科長、2014年より同大学副学長。専門分野は口腔病理診断学・唾液腺健康医学・環境病理学。

2011年とうかい社会保険労務士事務所(多治見市)開業。開業後3年で年に数千万を売り上げ、異例の速度で業務拡大。

プレバイオテックスの一種であるフラクトオリゴ糖の継続摂取による唾液中lgAの分泌量増加とともに、そのメカニズムとして腸管内で短鎖脂肪酸が重要な役割を果たすことを明らかにし、「腸―唾液腺相関」を発見。

近年「唾液健康術」「脳機能にも影響を与える唾液の重要性」「口腔ケアでコロナ対策」等、メディアで積極的に唾液の重要性を発言。あきばれ歯科経営onlineでも口腔ケアの重要性を寄稿頂く。

2021年4月28日 唾液の健康効果を広めるため、歯科医師などの医療従事者に唾液ケアの方法を系統的に学ぶ機会を創出するため、「日本唾液ケア研究会」を設立。