歯科衛生士でも麻酔はできるのか?知っておきたい法令と基礎知識

歯科衛生士の業務範囲に関する話題の中でも、しばしば取り沙汰されるのが「局所麻酔の可否について」です。

注射針による痛みを緩和するための表面麻酔や、SRPや抜歯の際に行う浸潤麻酔など、歯科診療では局所麻酔が必要な場面が多くあります。

麻酔を歯科衛生士に任せられれば、より業務がスムーズに運ぶという期待もあるでしょう。

しかし、「どこまでが適法?」「万が一のリスクは?」と躊躇してしまう人も多いのではないでしょうか。

今回は、歯科衛生士が行う局所麻酔について、基礎知識から知っておきたい法令までを解説します。

歯科衛生士は麻酔行為ができるのか?

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(画像=pixta)

あまり広く知られてはいませんが、法律上は歯科衛生士でも局所麻酔を行えます。

これまで、歯科衛生士による浸潤麻酔については否定的な立場をとる学会もあったようですが、昭和61年の日本歯科医師会による「歯科衛生士の業務範囲についての調査報告書」では、歯石除去術で行う鎮痛目的の浸潤麻酔は歯科衛生士の能力に応じて指示してもよい業務だと明記されています。

ただし、どんな条件下でも許可されているわけではなく、施術する歯科衛生士の習熟度や麻酔に対する十分な知識が求められます。

歯科衛生士だけでなく、現場で指導・監督を行う歯科医師も、どの範囲までが適法か知る必要があるでしょう。

歯科衛生士が行えるのは相対的歯科医行為

「歯科衛生士法」および「保健師助産師看護師法」では、歯科衛生士が行える業務は予防処置・診療補助・歯科保健指導の3つとされています。

通常は歯科医師が行う診療行為のうち、診療補助において歯科衛生士が行えるものは「相対的歯科医行為」と呼ばれ、歯科医師の監督・指示のもとで行われます。

表面麻酔も、歯科衛生士が行える相対的歯科医行為の一つです。

一方で、歯科医師にのみ許されているのが「絶対的歯科医行為」です。

薬剤の皮下注射や歯肉注射といった注射による局所麻酔は、基本的に歯科医師しか行えません。

しかし、歯石除去術で行う鎮痛目的の浸潤麻酔については例外です。

十分な知識と技能の習得が大前提

相対的歯科医行為を歯科衛生士が行う際には、現場の歯科医師による適切な管理に加え、当人が十分な知識・技能を有していることが不可欠です。

この基準は明確には示されていませんが、先述した日本歯科医師会の調査報告書では、「歯肉注射の手技の熟練度」「局所麻酔薬の応用にともなう知識の充実」「万一の際の対応としての救急蘇生法」などが挙げられています。

高い専門性やスキルを持った歯科衛生士は、診療に大きく貢献し、歯科医院を支える貴重な人材になり得るという認識が広まる中で、日本歯周病学会や日本歯科麻酔学会も、近年は歯科衛生士による局所麻酔の教育に前向きな姿勢を示しています。

最近では認定制度も設けられ、歯科衛生士の技術習得が後押しされるようになりました。

認定資格の有無は必ずしも歯科衛生士の麻酔行為の可否を決定づけるものではありませんが、必要な知識・技術を習得していることを示す一つの基準としては有用と考えられます。

歯科衛生士が麻酔行為をする上で必要な知識

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(画像=pixta)

アナフィラキシーショックなどのリスクを抱える麻酔行為は、知識や経験が乏しいままで安易に行うのは危険です。

局所麻酔を安全に行うためには、知っておくべき知識があります。

主に以下の項目を押さえておきましょう。

各種法令に対する理解

歯科衛生士の業務は「歯科衛生士法」をはじめとする各種法令によって定められています。

インターネットの流説を鵜吞みにせず、公的機関の情報から正しい知識を得ることが大切です。

局所麻酔の成分や作用機序

局所麻酔の成分や作用機序、各種麻酔の特徴や禁忌についても、しっかりと知る必要があります。

患者さまの年齢や健康状態などによっても対応が変わるため、幅広い知識・経験が求められます。

患者さまの全身管理や万が一の際のトラブル対応(救命措置)

局所麻酔のリスクとしては、アレルギーや中毒、麻酔薬に含まれるエピネフリン(血管収縮薬)が原因で起きる全身反応などが挙げられます。

万が一のトラブルにも冷静に対応できるよう、救急救命処置などの対処法を身に付けておきましょう。

歯科衛生士が麻酔行為をする上での注意点

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(画像=pixta)

いくら法律的に問題がないといっても、いざ麻酔となると歯科衛生士本人が不安がるかもしれません。

実際に麻酔は、歯科医師がやってもなかなかうまくかからなかったり、途中で痛みを感じ始めるケースもあるなど難しいのも事実です。

しかし歯科衛生士は学校でしっかりと、生理学や解剖学、組織学などを学んでいるため、人間の体の構造や機能、特に口内に関してはしっかりとした専門知識を持っているのです。

不安を感じながら麻酔を打つと、わずかに場所がずれたり失敗を招くもとになります。

特に経験の少ない歯科衛生士には、しっかりとした実習や講習に参加させることに加えて「学校でちゃんと学んでいるから大丈夫」と自信を持たせることも重要です。

歯科衛生士の麻酔に関する認定制度

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(画像=pixta)

日本歯科麻酔学会認定歯科衛生士

「日本歯科麻酔学会認定歯科衛生士」は、試験を受けて法律や歯科麻酔学に関する高い知識・技能を有すると認められた歯科衛生士が得られる資格です。

歯科治療で行う各種麻酔に関する医療的な知識や内容、麻酔行為の際の全身管理、救急救命処置などのスキルが問われます。

申請の際にはバイタルサインセミナー、救急蘇生講習会、日本歯科麻酔学会が開催する各種学術集会や研修会の出席記録および症例一覧などが必要です。

加えて、年に1回行われる筆記試験・口頭試問に合格することで、同学会からの認定が受けられます。

さらに、日本歯科麻酔学会のホームページに氏名や都道府県を掲載してもらうことも可能です。

認定証も交付されるため、患者さまからも一層の信頼を得られるでしょう。

臨床歯科麻酔認定歯科衛生士

一般社団法人日本歯科医学振興機構(JDA)でも、歯科麻酔に関連した認定制度が設けられています。

麻酔の臨床導入に際して、理論から実践まで一定以上の水準を満たしていることが証明される「臨床歯科麻酔認定歯科衛生士」です。

資格を得るためには、専門家による認定講習を受講し、認定試験に合格する必要があります。

また、この認定制度では歯科医師・歯科衛生士と併せての申し込みが推奨されています。

合格した歯科医師は「臨床歯科麻酔管理指導医」の認定が得られるので、検討してみましょう。

歯科の局所麻酔の種類

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浸潤麻酔

浸潤麻酔は、歯科治療で最も一般的な局所麻酔法の一つです。

う蝕の治療や抜歯の際、治療部位付近の歯肉に注射して痛みを緩和します。また、歯石除去に際しては、歯科衛生士も扱える麻酔です。

浸潤麻酔は、麻酔成分(リドカインなど)と血管収縮剤(アドレナリン)で構成されています。

主に用いられるのは「キシロカイン」ですが、持病などでアドレナリンが体の負担になる患者さま向けには、このような添加物が含まれない「スキャンドネスト」も使用されます。

なお、スキャンドネストの持続時間は、キシロカインの約半分ほどです。

伝達麻酔

麻酔が効きづらい下顎奥歯によく用いられるのが伝達麻酔です。

下顎孔もしくは下顎神経溝、つまり神経の太い部分に注射することで、広範囲に渡り持続的に麻酔を作用させられます。

また、麻酔効果の持続時間が長いため、治療後の鎮痛剤を減らせるというメリットがあります。

スケーリングやSRPでは使われないため、歯科衛生士が伝達麻酔を扱うことはありません。

表面麻酔

表面麻酔は、歯肉表面の軽微な痛みや刺激を緩和する目的で使用されます。

麻酔針が刺さる痛みを和らげたり、スケーリングやPMTCなどの軽い痛みを伴う治療で使用されたりするもので、

診療補助の一環として歯科衛生士も行える麻酔です。また、乳歯を抜歯する際に使用されることもあります。

一般的なのはゼリータイプ。他にもテープタイプや、霧状の麻酔液を噴霧して浸透させる器具(シリジェット)など、さまざまな製品が登場しています。

歯科麻酔の痛みを抑えるコツ

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(画像=pixta)

局所麻酔は、歯科治療の痛みを抑えるために重要な存在です。

しかし、歯肉に注射針が刺さる痛みや刺激を苦手とする患者さまも少なくありません。

患者さまのストレス状態を和らげるためには、麻酔の痛みを抑える工夫も不可欠なので、ぜひ院でもしっかり伝えましょう。

具体的には、以下のような方法が挙げられます。

極細の注射針を使う

歯肉や粘膜に針が刺さる痛みを抑えたいなら、極細の注射針が有効です。

現在最も細いとされるのは、太さがわずか0.23mmの35G(ゲージ)。

ただし、極細の針は伝達麻酔には使用できません。

一定の速度でゆっくりと注入する

麻酔では針が刺さる瞬間に加え、麻酔液が入る際にも痛みが生じます。

このとき、一定の速度でゆっくりと注入できれば、痛みを抑えられます。

近年普及しつつある電動注射器なら、より正確な速度での注入が可能です。

事前に麻酔液を人肌に温める

麻酔液を事前に温めておくことも、麻酔の痛みを緩和する方法の一つです。

従来は手のひらで温める方法が知られていましたが、最近ではカートリッジウォーマーもよく使われます。

歯科の麻酔でアレルギー反応が起こる可能性は?

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(画像=pixta)

麻酔の際、留意しておきたいのがアレルギー反応です。

歯科で用いる局所麻酔は、稀に重篤なアナフィラキシーショックを引き起こしますが、その可能性は極めて低いとされています。

局所麻酔で気分が悪くなるケースの多くは、不安やストレスで起きる血管迷走神経反射や、麻酔薬に含まれるアドレナリンが原因です。

一方で、日本歯科麻酔学会では、麻酔によるリスクが高い患者さまに対しては、血圧や脈拍のモニタリングを推奨しています。

高血圧や循環器系の疾患を持つ方や、過去に麻酔の副作用が出た方、服薬中の方などは、特に注意が必要です。

麻酔による体調不良の原因はさまざまなので、患者さまの既往歴をふまえつつ、慎重に判断する必要があります。

まとめ

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(画像=pixta)

歯科衛生士は表面麻酔や歯石除去で行う浸潤麻酔など、一部の麻酔行為が可能と解釈されます。

一方、これらは「相対的歯科医行為」と呼ばれ、医師の監督・指導のもと、適切な知識と十分な技量を持つ者が行うべきとされています。

局所麻酔は大きな責任が伴う医療行為です。

今後は歯科医師法をしっかり理解した上で、麻酔に関する法令をや知識、緊急時の対処法を歯科衛生士もきちんと身に付ける必要があるといえるでしょう。

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あきばれ歯科経営 online編集部

歯科衛生士でもある「あきばれホームページ」歯科事業部長の長谷川愛が編集長を務める歯科医院経営情報サイト「あきばれ歯科経営 online」編集部。臨床経験もある歯科医師含めたメンバーで編集部を構成。

2021年5月14日「あきばれ歯科経営 online」正式リリース。全国1,100以上提供している「あきばれホームページ歯科パック」による歯科医院サイト制作・集客のノウハウを元に、歯科医院経営を中心とした歯科医院に関する様々な情報を経営に役立つ観点からお届けする。