歯科医院が全身の健康の入り口を担う存在となることで、診療の幅も大きく広がります。
私たちの研究によって得られた知見が新たな健康モデル、新たな歯科医院の役割の創出に寄与することができれば幸いです。
前回の記事では腸と唾液腺との相関について解説しましたが、今回は「唾液腺が脳とも相関していること」「新型コロナウイルスに対する唾液ケアの可能性について」お伝えします。
唾液腺と脳ホメオスタシスの解明
唾液腺の主な機能は、口腔への唾液の分泌です。
唾液はさまざまな成分によって構成され、口腔内の恒常性の維持に大きく寄与しています。
その中には、上皮成長因子や神経栄養因子も含まれているのですが、肝細胞増殖因子や脳由来神経栄養因子など口腔だけで機能性を発揮しているとは考えにくい成長因子が確認されています。
これは唾液腺と他の臓器とのネットワークを示唆するものです。
そこで私たちは唾液腺と脳のネットワークに着目して研究を進めてまいりました。
脳と唾液腺との相関
私たちの研究では、マウスを使って「脳と唾液の関連」を調べました。
実施したのは、一般的なオープンフィールドテストと高架式十字迷路です。
ストレスを受けたマウスの唾液腺からは、脳由来神経栄養因子(BDNF)が産生され、血中BDNF濃度が上昇しました。
さらには、脳の海馬での総BDNF量の軽度増加が認められたのです。
この結果から「唾液腺産生BDNFが海馬での抗不安作用を増強する」という機能的意義を見出すことができます。
そのメカニズムは次の通りです。
唾液腺‐脳相関のメカニズム
唾液は、口腔内で作用したのち、余剰分はすべて嚥下されてしまうイメージがありますが、一定量は舌下部に溜まります。
舌下部というと、舌下錠の投与部位としてもお馴染みですね。
狭心症の治療薬であるニトログリセリンは舌下部に投与します。
これは舌下部の粘膜が薄く、毛細血管も豊富であり、薬剤を始めとしたさまざまな物質の吸収がスムーズに進むからです。
また、舌下部から吸収された物質は「肝臓の代謝を受けない」ため、機能性の高い状態で標的とする臓器へと移行することが可能となっています。
今回の研究では、口腔内に分泌された唾液腺BDNFが舌下部より吸収されて、血中濃度を増加させることがわかりました。
肝代謝を受けずに直接、脳へと移行した唾液腺BDNFは、海馬での総BDNF量も増加させ、BDNFのレセプターであるTrkBのリン酸化を亢進します。
その結果、グルタミン酸からGABAを産生する酵素であるグルタミン酸デカルボキシラーゼGADがmRNAレベルで増加することを確認できました。
つまり、唾液腺から分泌された脳由来神経栄養因子は、海馬でGABA産生を亢進させて、抗うつ作用を示すことがわかったのです。
これが「唾液腺‐脳相関」のメカニズムです。
新型コロナに対する唾液ケアの可能性
前回の記事でお伝えしましたが、唾液中IgAの免疫作用は、新型コロナウイルスの感染予防にも効果が期待できます。
それは、神奈川歯科大学附属病院に勤務する歯科医師・医師に実施した、検査や研究によって明らかとなりました。
また、新型コロナウイルスに対するワクチン接種後、唾液中にIgG中和抗体が認められたという報告もあり、唾液ケアの重要性がますます高まっています。
ここでは、そのような唾液ケアの可能性について説明します。
舌背重層扁平上皮(感染者の検体)での新型コロナウイルスの検出
舌背には、糸状乳頭や茸状乳頭といった舌乳頭が無数に存在しており、食物を舐めとりやすくし、舌の感覚を鋭敏にする働きも担っています。
一方で、構造的に汚れも堆積しやすい点に注意しなければなりません。
いわゆる“舌苔”は、そうした舌粘膜の特異な構造が温床となり、細菌などが堆積した産物なのです。
そこで容易に連想できるのが新型コロナウイルスとの関連です。
あれだけ汚れが停滞しやすい構造を呈しているのですから、新型コロナウイルスの貯蔵庫になっていたとしても何ら不思議ではありません。
実際、新型コロナウイルス感染症でお亡くなりになり、本学神奈川剖検センターで検視したご遺体の舌背重層扁平上皮から、新型コロナウイルスが検出されることが明らかになりつつあります。
つまり、新型コロナウイルスは口腔に感染し、ウイルスを唾液に供給する可能性があるといえるのです。
新型コロナウイルスは口腔に感染しウイルスを唾液に供給
舌苔が新型コロナウイルスの貯蔵庫になるのであれば、口腔衛生の専門家でもある私たち歯科医師にもできることがたくさんあります。
それは舌ブラシによる舌苔の除去を指導するだけにとどまりません。
唾液が持つウイルスへの抵抗力を引き出すこと、その事実を一般の方々に知ってもらうこと、ひいては歯科の中で唾液の効能を取り入れた新たな医療を構築することが私たち歯科医師の使命であるともいえます。
現状においては、少なくとも診療前に口腔清掃やうがいを行うことによってウイルス量を減少できると思われますので、臨床の現場で実践してみてください。
唾液IgA抗体は未知のウイルスに対しても備えていた
前回は、唾液中のIgAが上気道感染症やう蝕に対して抑制効果を発揮していることをお伝えしました。
今回はさらに絞って、唾液IgA抗体の新型コロナウイルスへの活性について詳しく解説します。
次の表は、対象者から唾液を採取し、ELISA法を構築して新型コロナウイルスに対する交叉IgA抗体を調べた結果を表しています。
この検査は、神奈川歯科大学附属病院医師・歯科医師137名(24-65歳、男性:101、女性:36)を対象として実施しました。
その結果、新型コロナウイルスに対する交叉IgA抗体は、64人(46.7%)に認められました。
また、24-49歳と50-65歳の2群に分けて解析すると有意差があり、交叉IgA抗体は若い世代に多く、高齢者に少ないことが明らかとなりました。
抗体陽性率量は年齢に逆相関する点も興味深いです。
ちなみに今回の被験者は、事前の検査で新型コロナウイルスへの感染既往がないことが確認されています。
つまり、新型コロナウイルスにかかったことが無くても、新型コロナウイルスに対する交叉IgA抗体が存在し、部分的な中和活性を示すことがわかったのです。
この結果は、口腔の粘膜免疫の強化が新型コロナウイルスの感染防止に役立つ可能性を示しています。
新型コロナウイルスに対するワクチン後IgG中和抗体が認められた
次に紹介するのは血液中に多く存在し、細菌や毒素と結合する能力が高い「IgG」に関する報告です。
この研究では、ファイザー社の新型コロナウイルスに対するワクチン接種後の血清と唾液を用いて、IgG中和抗体を経時的に調べました。
その結果、血清と唾液のIgG中和抗体には相関が認められました。
ワクチンを打って抗体を獲得すれば、それが血液を介して口腔にまで供給されるのです。
それならば、侵襲性の高い血液検査ではなく、唾液検査でも抗体を調べることができるのではないか。
そう思われた先生方も多いことでしょう。
唾液検査には以下に挙げるような利点もあるため、経時的な検討にも向いています。
【唾液検査の利点】
- 非侵襲的(痛くない検査)
- 場所を問わない
- 複数回採取可能
- 自宅でもできる
IgAを上げて口腔および全身の感染を予防するキーワード
さて、唾液中に含まれるIgAが未知のウイルスに対しても生体防御の機能を発揮することはおわかりいただけたかと思います。
しかし、大切なのは、日頃からいかに備えるかです。
唾液の量と質を増加させ、IgAを上げておかなければ、いざという時に活躍してくれません。
そこで改めて提案させていただきたいのが「唾液ケア」です。
「唾液ケア」とは日本唾液ケア研究会が提唱する新たな考え方で、比較的簡単なセルフケアから取り組むことができます。
とくに、「唾液の質」を向上させるために、発酵食品や食物繊維、VB1などの栄養素を積極的に摂取したり、歯磨き・舌磨きを徹底したりすることは、指導を受けたその日からでも行うことも可能です。
これまで歯科業界は「唾液の量」ばかりに意識が向いていましたが、質まで向上させることで、口腔および全身の感染予防に大きく寄与することでしょう。
本連載の最終回となる次回は、日本唾液ケア研究会発足までの経緯や活動についてご紹介します。
※本連載記事は2021年11月28日の講演内容を元に再構成したものです
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神奈川歯科大学 副学長 / 研究科長 / 教授
1993年神奈川歯科大学歯学部卒業。神奈川歯科大学副学長・神奈川歯科大学大学院環境病理学分野教授。2013年より同大学歯学研究科長、2014年より同大学副学長。専門分野は口腔病理診断学・唾液腺健康医学・環境病理学。
2011年とうかい社会保険労務士事務所(多治見市)開業。開業後3年で年に数千万を売り上げ、異例の速度で業務拡大。
プレバイオテックスの一種であるフラクトオリゴ糖の継続摂取による唾液中lgAの分泌量増加とともに、そのメカニズムとして腸管内で短鎖脂肪酸が重要な役割を果たすことを明らかにし、「腸―唾液腺相関」を発見。
近年「唾液健康術」「脳機能にも影響を与える唾液の重要性」「口腔ケアでコロナ対策」等、メディアで積極的に唾液の重要性を発言。あきばれ歯科経営onlineでも口腔ケアの重要性を寄稿頂く。
2021年4月28日 唾液の健康効果を広めるため、歯科医師などの医療従事者に唾液ケアの方法を系統的に学ぶ機会を創出するため、「日本唾液ケア研究会」を設立。