「なかなか歯科衛生士が定着しない」「歯科衛生士の離職率が高い」という悩みは多くの院長先生や人事担当のスタッフから聞かれます。
実際、歯科衛生士の離職率は高く、慢性的に人手不足の状態が続いており企業として求人を出してもなかなか応募がありません。
この記事では、「なぜ、歯科衛生士の離職率が高いのか」の理由を説明した後に、歯科衛生士の定着率を高めるためのポイントをご紹介します。
歯科衛生士の離職率はどれくらい?
まずは歯科衛生士の離職事情を確認していきましょう。日本歯科衛生士会会員を対象としたアンケート調査(※1)によると、約8割の人が転職を経験しています。
さらに、2回から4回と、複数転職している人も少なくありません。
実際、歯科衛生士は、売り手市場とも言われており、令和2年度の新卒歯科衛生士の有効求人倍率は19.4倍(※2)です。
つまり「1人の求職者に対して約20の求人がある」という状態になっています。
歯科衛生士は勤務先を選べる立場にあり、希望の職場に移りやすいため優秀なスタッフを雇用するための競争は激化しています。
離職後の復帰率が低いという大きな問題
歯科衛生士が離職するタイミングは、新卒として就職して数年後と、結婚・出産を経験する20代後半~30代の大きく2つと想定されます。
しかも、離職後も歯科衛生士として復帰しない人が多く、免許保有者の半数近くが歯科衛生士として就業していません。
こうした、資格を持ちながら就業していない「潜在歯科衛生士」は実に15万人いるとされています。
復職できない理由は「勤務時間(家庭との両立)」と「自分のスキル不足」の2点が圧倒的に多く、歯科医院ではライフステージが変わった後も長く続けられる環境や、復職を支援する体制が整備されていないことがうかがえます。
2017年に「歯科衛生士に対する復職支援・離職防止等推進事業」が創設されたことから分かる通り、歯科衛生士の人材確保が国家的な課題として認識される中で、潜在歯科衛生士の積極的な活用は必須と言えるのです。
歯科衛生士の離職率が高い理由
結婚や出産を理由に続けられない
歯科衛生士はほとんどが女性です。
そして、歯科衛生士の働き方としては「20代後半から30代にかけて結婚や出産を機に一度離職し、30代後半から40代前半以降に非常勤として復職する」というパターンが多くなっています。
歯科医院では産休・育休制度が十分に整備されていないケースも多く、歯科衛生士としては「働きたくても働けない」現実があるのです。
こういった制度の不備が、歯科衛生士の離職率に影響を与えるケースも多く見受けられます。
給与や待遇に不満がある
転職を検討している人の理由として、特に多いのが給与・待遇面です。
歯科衛生士の年収のボリュームゾーンは300万円以上400万円未満ですが、実際の給与に満足している人は全体の約40%となっています。
歯科業界は超売り手市場であり、歯科衛生士は希望する勤め先を選べる立場にあります。
つまり、今の職場よりも良い待遇を求めて転職するインセンティブが強いため、歯科衛生士の離職率が必然的に高くなってしまうのです。
職場での人間関係
歯科医院の約80%は個人経営であり、平均従業員数は5人未満という小規模な職場です。
そのため、一度職場でのコミュニケーションで失敗すると問題を解消することが難しく、誰にも質問や相談できずに職場に居づらくなって離職してしまうというケースも少なくありません。
同僚や先輩はもちろんですが、歯科衛生士の多くが悩んでいるのが院長(経営者)との人間関係。
「考え方が合わない」といった軽度の問題だけでなく、院長は男性がほとんどなので、パワハラやセクハラなどのトラブルも起こりやすくなるのです。
スキルを身に付けられない
思うようにスキルを身に付けられない、この院でのスキルアップの方法や活動方法がよく分からない、というのも歯科衛生士の離職理由としてよく挙げられます。
歯科衛生士の多くは誇りを持って前向きに仕事に取り組んでいます。
「診療補助ばかりやらされる」「受付などの雑事に忙殺される」「やりたい分野の施術ができない」など、歯科衛生士としての本分を全うできない環境では物足りなさを感じてしまうことも少なくありません。
さらなるスキルアップのために、専門性の高い治療を行っていたり、研修制度が充実していたりする歯科医院に転職する人も一定数いるのです。
また経験の浅い歯科衛生士は、十分な教育を受けられず、技術や知識を習得できない環境に不満を覚えるケースが多くあります。
実際にあった歯科衛生士の離職事例
院長からのセクハラ・パワハラ
- 院長が怒鳴る、暴言を吐く、無視する
- 自分にだけ業務内容や患者さまの情報が共有されない
- 指示されてない・教えられていない仕事について叱責される
- ミスをすると舌打ちされたり、足を踏まれたりする
- 掃除や受付など衛生士業務ではない仕事ばかりやらされる
- 意見を言うと退職勧奨される、解雇をちらつかせて脅される
など、院長から歯科衛生士へのパワハラ行為は離職の要因になってしまうだけでなく、法的リスクもあります。
スタッフに対する指導や注意が必要な場面はあるかもしれませんが、業務の適正な範囲を逸脱しないよう配慮しなければなりません。
また、歯科衛生士はほとんどが女性なので、以下のようなセクハラ行為にも注意が必要ですので、院内でしっかりと規定を設けましょう。
- 性的な発言(下ネタ)
- スタッフの容姿に関する発言
- 体への接触
- 私的な食事やデートへの誘い
先輩スタッフや同僚からのいじめ・嫌がらせ
女性中心となる歯科医院では、以下のようなスタッフ同士のトラブルも離職の大きな要因となります。
- 先輩スタッフが嫌がらせしてくる
- 仕事を教えてくれない
- 面倒な雑用を押し付けられる
- 自分だけ飲み会などの院内イベントに呼ばれない
使用者である院長は、労働者の生命や身体を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負います。
自身が加担していなかったとしても、いじめやパワハラを放置していた場合に、院長が損害賠償責任を問われる可能性もあるため注意しましょう。
業務負担が重い
- 本来の診療時間を過ぎた後も断りなく予約を入れられる
- 診療後の後片付けや掃除を押し付けられて帰りが遅くなる
- 診療時間外や休診日に勉強会がある
- 体調が悪くても人手不足で休みが取れない
- 有休を申請しても許可が下りない
- 勤務時間の融通が利かず家庭やプライベートとの両立ができない
歯科衛生士の多くは女性ということもあり、ワークライフバランスを重視する傾向にあります。
有休を取らせない、残業手当や休日出勤手当の未払い、上限規制を超えた時間外労働など違法になる恐れもあるので注意が必要です。 こういったデータは面接の際に聞かれる可能性も高いので、しっかり準備しましょう。
給料が低い・福利厚生がない
- 業務負担や職務責任が重くなっても給与が上がらない
- ボーナスが出ない
- 突然減給された(不当な減給は違法なので注意)
- 社会保険がない
- 給与や待遇面の不満は、より良い条件の歯科医院への転職につながってしまいやすいのが実状です。
歯科衛生士や歯科助手に違法な業務をさせている
- 歯科衛生士に咬合採得や義歯の調整をさせる
- 歯科助手にスケーリングをさせる
- 歯科医師以外にレントゲン撮影をさせる * などの違法行為は、指示した歯科医師はもちろん行った本人も処罰を受ける恐れがあるため、リスクを感じて離職する可能性があります。
もちろん、違法だと知らずにやっている、やらせているケースもあるので注意が必要です。
また、治療器具をきちんと消毒・滅菌していない、タービンやグローブなどを患者さまごとに変えずに使い回している、といった衛生管理の問題は、患者さまはもちろんスタッフ自身の感染リスクにもつながるため、離職につながる恐れがあります。
歯科衛生士の定着率を高めるヒント
女性が長く働きやすい環境を整える
現在離職している歯科衛生士を対象とした調査(※3)では、再就職の意向について、「すぐにでも再就職したい」「条件が合えば再就職したい」と回答した合計は47.6%にも上りました。
一方で、何らかの障害があって実際には再就職に至っていないのが現状。最も大きな問題として挙げられているのは「勤務時間」(57.2%)です。
歯科衛生士の離職理由はさまざまですが、実際に離職するきっかけとして最も多いのは「結婚・出産・育児」です。]
産休や育休制度の整備は重要ですが、休暇を経て復職しても、ライフスタイルが変化するとそれまで通りに働くのが難しくなることが多くあります。
復職後しばらくはパートや時短勤務で落ち着いたら正社員に復帰する、子どもの病気や学校行事の参加などに伴う休暇取得に対応する、などフレキシブルな働き方ができる環境を整えるのが理想です。
教育体制を整える
歯科業界は慢性的な人手不足に悩まされています。
そのためにも新卒や経験が浅い人などを積極的に採用し、しっかりと育てていくという体制が求められてきます。
また、15万人とも言われる休眠歯科衛生士に活躍してもらうために、ブランクのある人を受け入れてフォローアップする仕組みも不可欠です。
同時に、モチベーションの高いスタッフがさらにスキルアップをするためのサポート体制も重要です。
質の高い医療サービスを提供するためにも「外部研修補助」や「資格取得支援」などの導入を検討してみましょう。
スタッフときちんとコミュニケーションを取る
歯科衛生士はさまざまな原因でストレスを感じています。例えば「仕事内容」「将来への不安」「仕事の負担」「やりがいや目的意識」などです。
一方、歯科衛生士の転職・離職行動を分析した研究によると、こうした不満によって離職を検討していても、実際には行動に移さないケースが多いことが指摘されています。
つまり、一見問題なく働いてくれているスタッフであっても、知らず知らずのうちに不満を溜め込んでいる退職予備軍が多いことが推測されます。
そのため、院長やチーフがスタッフと定期的に面談をして意見を吸い上げ、問題の解決を試みる姿勢が重要です。
相談できる相手がいる、不満を吐き出せる機会があるだけでも、スタッフにとって大きな支えになります。
医院への貢献をきちんと評価してスタッフに還元する
歯科衛生士は基本的に自分の仕事に誇りを持っており、誠意を持って働く人の割合が高いといえます。
そうしたスタッフの貢献をしっかりと評価し、待遇などに反映させる仕組みづくりも大切です。
ここをしっかりと評価しないと、歯科衛生士の離職率が上がってしまいます。
せっかく頑張ったのに努力が評価されないのであれば、スタッフのモチベーション低下を招き、最終的に離職につながるのは当然と言えます。
業績連動のボーナスで還元したり、医院負担で日頃の貢献をねぎらう食事会を開催したりするなど、スタッフのモチベーションをうまく管理するようにしましょう。
歯科衛生士の離職率が低い医院の特徴
人間関係が良好である
離職理由の上位に院長や同僚との人間関係が挙げられていることから分かるように、歯科衛生士は働く上でスタッフ同士の仲の良さを重視します。
プライベートでも食事や遊びに行くような親密さを必ずしも求めるわけではありませんが、少人数でのチームプレイが基本となる歯科診療では、お互いに助け合いながら仕事ができる信頼関係が不可欠なのです。
定着率が高くスタッフのパフォーマンスが高い歯科医院では、院長自身が積極的にスタッフとコミュニケーションをとるよう心掛けていたり、院内イベントや勉強会を定期的に開催したりと、人間関係を良好するための工夫をしている傾向があります。
働きに見合った給料が支払われている
歯科衛生士は、給与や待遇に不満を抱いて転職する事例が多くみられます。
しかし、自分の市場価値を高めながら転職を繰り返すことで給与アップを狙っているわけではなく、業務内容や医院への貢献が適正に評価されていないことが原因となっているケースがほとんどです。
離職率の低い歯科医院では、明確な評価制度や昇給基準に沿って、歯科衛生士の仕事ぶりを適正に評価し、給与として反映させています。
また、業績に応じてきちんと賞与を支給するのも、モチベーションアップに効果的です。
歯科衛生士がやりがいを感じられる環境が整っている
歯科衛生士の多くは、自らの専門性や患者さまの健康に貢献できる仕事内容に誇りを持っています。
そのため、歯科助手や受付との業務範囲が明確に分けられており、歯科衛生士が歯周病・予防処置やメインテナンスなどの衛生士業務に専念できる環境が整っていると、モチベーションを高く保てます。
また、日々の頑張りを給与として還元するだけでなく、院長自身が日常的に感謝の言葉を直接伝えたり、医院への貢献をねぎらうために食事の場を設けたりなど、帰属意識を高める工夫も重要です。
向上心を叶える意味で、スキルアップ研修を設けたり勉強会を開催するなども効果的です。
まとめ
歯科衛生士は離職率の高い職種であり、定着率を高めるためにさまざまな対策を講じる必要があります。
特に歯科衛生士はほとんどが女性なので、女性特有のライフプランや要望に寄り添った労働環境の整備を心掛けましょう。
働きやすい職場は今いるスタッフの定着率アップにつながるのはもちろん、求職者に対してのアピールにもなります。
<出典>
※1 公益社団法人 日本歯科衛生士会「歯科衛生士の勤務実態調査 報告書(令和2年度)」
※2 一般社団法人 全国歯科衛生士教育協議会「歯科衛生士教育に関する現状調査 令和3年度調査報告」
※3 公益社団法人 日本歯科衛生士会「歯科衛生士の人材確保・復職支援等に関する検討会報告書」
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歯科衛生士でもある「あきばれホームページ」歯科事業部長の長谷川愛が編集長を務める歯科医院経営情報サイト「あきばれ歯科経営 online」編集部。臨床経験もある歯科医師含めたメンバーで編集部を構成。
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